近江歴史回廊倶楽部

湖東の歴史文化施設

 手織りの里 金剛苑


東に鈴鹿山系を西に琵琶湖を眺め、湖東三山の一つ金剛輪寺のある山の裾野にあるのが「手織りの里・金剛苑」です。この金剛苑の名前の由来は、この辺りが金剛寺野と言う字の名前であった所から、川口織物有限会社・二代目が金剛苑と言う名前をつけました。

もともと古墳群であったところを土地改良・区画整理されて、その後桑畑として使われておりました。
金剛苑創設の目的は、近年の着物離れが進む中、需要の減少を受けて、日本の伝統文化の技法を守っていく為にも、着物が作られる過程を実際に見てもらい、理解し、納得をして、その価値を認識して頂く為に設けたものです。

昭和52年に開苑した頃に「近江上布」が国の伝統的工芸品に、その後「秦荘紬」も滋賀県の伝統的工芸品に指定されました。
その当時は金剛庵(江戸時代後期の田舎庄屋を移築し、現在は生活資料館)だけであったが、その後、織物資料館(明治時代の村役場を移築)・染物工房(明治時代の村役場を移築)・休憩所(八木荘尋常高等小学校を移築)等が建てられ、三〜四年の年月を経て完成致しました。

近江上布は、五世紀に秦氏の末裔によって伝えられ、江戸時代頃から彦根藩主・井伊家の保護によって発展していったものです。

農家の副業として奨励されて、それが安定した地場産業に成って行ったようです。 それが近江商人によって、全国に広がったと伝えられています。

上布と言うのは、平織りの麻織物のことで、通気性・吸湿性に優れた味わいのあるものです。
現在は、和装だけでなく、洋装・インテリアの素材としても愛用されています。

一方、秦荘紬は、庶民の普段着として各家庭で織られていた布に、近江上布の織りと染めの技術を取り入れたものです。これらは、金剛苑の織物資料館に展示されています。
金剛苑の前は桑畑で、蚕を飼育していたことから、家蚕の繭、蚕棚、糸なども置かれており、機織り機なども展示されています。

珍しい物として、6月から7月にかけて天蚕(やままゆ)も見られます。
苑内では、亜麻(あま)、苧麻(からむし)、綿を観賞用として栽培しています。
近江上布、秦荘紬と並んで草木染の中でも歴史の古い藍染めに使われる藍の栽培もしており、毎年、白・ピンクの花を咲かせています。


藍染工房では、糸の染めと他に一日体験としてハンカチーフやテーブルセンターの結び染めや、暖簾等の染めも出来ます。防虫効果や布を丈夫にする効果があることでも知られています。
現在、7名の伝統工芸士がいる金剛苑では、近江上布や秦荘紬の伝統技術を後世に残して伝えていくために、工房を織物の研修施設として開放しています。
自分で反物や帯地等を織ってみたいという方に伝統工芸士が指導させて頂いております。 
(苑主)

もっと詳しくは ここ でご覧ください。

       

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