近江歴史回廊倶楽部

湖東の歴史文化施設

  湖東歴史民俗資料館


湖東歴史民俗資料館は、昭和18年に旧西押立国民学校として建設された木造校舎を、昭和五57年に改装して開館しました。

この校舎は、湖東町(現在は合併により東近江市)下一色出身の松居泰次良・房治郎兄弟の多大な寄付と地元住民の努力とにより、当時の最新工法を用いて建築されました。昭和初期の木造校舎は、今では貴重な存在となっているので、平成10年に国の登録文化財に認定され、建物自体が価値ある文化財となっています。

館内の展示品は大きく四つに分けられています。
まず一つ目にあげられるのが、湖東町の伝統産業である梵鐘造りに関する資料です。
湖東町の長の在所は、古くから鋳物師の村として知られ、多くの梵鐘や鍋釜などを生産してきました。隣の愛知川町のお寺には、長村の鋳物師の名と室町時代の年号「康暦」の銘の入った梵鐘があります。

江戸時代には、梵鐘の他に鍋・釜・鋤先なども作り、特に「長村鍋」は丈夫で長持ち≠ニ有名でした。資料館には、鋳物師技術の保存を図るために、鋳物資料と製品を多数展示しています。また、タタラ(足踏み式の大きなフイゴ)と呼ばれる大型送風装置を備えた鋳物工場を復元し、鋳物製造の工程と仕組みを具体的に知ることが出来るようになっています。

そして二つ目にあげられるのが、湖東町の出土品です。
湖東町には、消滅したものも含めて全部で18ヶ所に及ぶ古墳の遺跡が確認されています。中でも、勝堂古墳群は大きなもので、現在は4基程が確認できる程度ですが、江戸時代の記録には48基あったと書かれている程の規模のものです。

勝堂古墳群は古墳時代後期に属し、大型円墳の群集墳という特徴を持っています。中でも、弁天塚古墳は大きく、円墳を取り巻く周堤が良好な形で残っており、全国的にも珍しいものです。隣接する赤塚と共に、県の史跡に指定されました。資料館には、その勝堂古墳群からの出土品を展示しています。
また他に、小八木廃寺の調査で見つかった通称「あかんべ瓦」と呼ばれる、舌を出した顔のある不思議な鬼板なども展示しています。

そして三つ目にあげられるのが、民具です。
資料館では、日本の暮らしが高度経済成長によって大転換をとげる以前、昭和30年代まで湖東町で使われていた衣食住・社会生活全般の広い分野にわたる民具約4,000点を収蔵・展示し、昔の暮らしを知ることが出来るようになっています。

そして最後にあげられるのが、農具です。農業は、今では機械化され、随分と効率が良くなりましたが、資料館に展示されている農具の数々は、まだ機械などはなく、人の手や牛を使ってほとんどの作業をしていた時代に使われたものです。鋤や鍬、犂など、農業の先進地湖東町ならではの豊富な農具が寄せられています。

詳しくは下記ホームページをご覧ください。
  http://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000112.html

( 湖東町歴史民俗資料館 鴨田)



       

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