近江歴史回廊倶楽部

  歴史解説・紹介

     狗子図
     
 円山応挙 筆

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図は、折り重なるようにして無邪気に戯れる5匹の子犬を描いたもので、作者は有名な円山応挙 (1733〜95)である。

円山応挙は、姓は藤原のち源、字は仲選、仙嶺・雪汀などと号し、主水と称した。
丹波国村(亀岡市)の農家に生まれ、10代で京都に出、玩具商に奉公したという。

絵は石田に狩野派の画法を学んだが、のち中国の古画から西洋の画法まで独自に研究を重ね、いわゆる「写生画」という新様式を確立させた。

この新しい様式は世の中の評判を独占する勢いで浸透し、その流れは円山派という一大流派をつくりあげ、多くの門人を輩出した。

応挙は、「写生」の画家と言われるように多くの写生帖を描いているが、その内容は人物をはじめ、風景、動植物など、まさに百科事典のようで、いずれも対象への鋭い観察眼が行き届いていて、特に動物に対しは、克明な写生の中に深い愛情が込められているようである。

その中でも他の画家があまり主題としなかった子犬を応挙は好んで描いている。犬はあまりにも日常的な動物であるため、絵の主題に選ばれることも少なかったようだ。しかし応挙は、こうした子犬に対しても慈愛に満ちた眼差しを送っている。

                    狗子図
              
応挙の描く子犬は、いずれも生後間もない耳の垂れた子犬たちで、おむすび型の垂れ目、情けない表情なのに愛らしく胸がキュンキュンする。

まん丸の体に、見事な短足、申し訳程度にくっついた尻尾、繊細な毛描きは、子犬のフアフアした柔らかさや温かさまでも伝えており、まるでぬいぐるみのようである。思わず「かわいい」とつぶやいてしまう。

子犬に限らず、人間や動物たちの子供は、無条件に「かわいい」ものである。はかないものや可憐なものに寄せる思いや慈しむ気持ち、あるいはユーモラスに感じることなど、「かわいい」という感情は、実にさまざまである。



応挙は、そんな豊な心の動きを絵に表したわけであるが、いくら「写生」を得意とした応挙であっても、ただ単にカメラで撮影するように写しただけで、かわいいと感じる絵が出来上がるはずもなく、試行錯誤を重ね、かわいいものを「かわいい形」として描く技術を模索し、「応挙スタイルの子犬」を確立したのである。

 子犬は体の色によって描き方が異なるが、白い子犬と褐色(茶色)で鼻筋の白い子犬の組み合わせが多く、何度も作品に登場する。

おそらく応挙自身が飼っていたか、近くに居たのであろう。応挙は様々なバリエーションの子犬を描いているが、犬の体の構造をしっかりと捉えながら、全体はころりとした丸い形の中に収められている。

さらに子犬を正・側・背面と、あらゆる方向から観察し、描写し尽くそうとしている。本図の5匹の子犬もまた、あらゆる角度から描かれている。

白い子犬の背によりかかって、気持ちよさそうに眠る子犬は遊び疲れたのだろうか。リアルさを追求するだけでなく、特徴を強調するという応挙独自の子犬の姿を見ることができる。

 応挙の描く子犬は、目に特徴がある。実物の犬の目は、視線を敵にさとられないように黒目がちでほとんど白目が見えないが、応挙の描く子犬は、しっかり白目の部分が描かれている。

それは人間の目に近く、楽しさや不安感など、多彩な感情を表現できるのだとか。今にも尻尾を振って動き出しそうな応挙の犬の「かわいい」の秘密はこんなところに隠れている。

「かわいい」の語源は、「恥ずかしい」という意味を持った中世からの言葉「かほはゆし(顔映ゆし)」だという。

たしかに「恥ずかしい」という感情は不意打ちのようにやってくるもので、その瞬間、人は無防備で隙だらけ、その人らしさや本音が思いっきり露出する。

そんな姿を見られるのは本人にとって死ぬほど恥ずかしくても、他人から見るとかわいらしかったりする。また、赤ちゃんのように無条件なかわいさもあれば、拙さや未熟さを揶揄したかわいいもある。

アイドルみたいに狙ったかわいさもあれば、鬼や化け物など、怖くて面妖なもの、ヘンテコで可笑しなものの中にふとかわいさが垣間見えることがある。
「かほはゆし」が時代を経て「かわいい」になっていったように、「かわいい」の範囲は広くて深い。

今巷にあふれる「かわいい」の中から、どれが後世に残り、どれが消えて行くのか。言葉はその時代を反映するものであるが、応挙の子犬は「かわいい」を形にすればこうなのだと、「かわいい」の本質を後世まで伝えようとしているようである。
                                             


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