近江歴史回廊倶楽部

  歴史解説・紹介

  能と能面
       

鎌倉から南北朝末期の14世紀末にかけて、能・狂言は「猿楽」とよばれ各地の猿楽座が、社寺の神事や法会の場で芸能活動を盛んに行なっていました。

 世阿彌の「猿楽談義」にも近江には、日吉大社の神事に奉仕する上三座と、下三座の猿楽座があり、上三座のうちの日吉(比叡)座は大津市坂本に所在したと推定されています。

 さらに日吉(比叡)座には、世阿彌の父、観阿弥と同時期に、犬王道阿彌(いぬおうどうあみ)という舞の名手がおり京の都で活躍し、足利義満の支持を得て名声をとどろかせたと言われています。その芸風は天女の舞を得意とする優美なもので、後に能を大成した世阿彌にも多大な影響を与えたとされています。

 近江猿楽はその後、大和猿楽の隆盛にともない歴史の舞台から影を潜めてしまいますが、往時の隆盛をものがたる古能面が今も県下各地に残されています。それらの中には地域の社寺の神事や祭りに今も使われ伝えられて、地域の人々の心の拠りどころとなってきたものも見受けられます。

 能面には「翁系」「鬼神系」「女系」「男系」「神霊、怨霊系」など多くの種類がありますがその中でも数多いのは女系でしょう。「小面」「若女」「万媚」など簡素な造詣の中で様式美を追求した女面は能面の華といえます。女面の種類や数が多いのは、能の題材が女をシテ(主役)にし愛憎を絡めた複雑な人間模様を描き出している曲が多いからでしょうか。



 女面の中に「近江女」と名づけられた面があり、由来は近江猿楽で使っていた女面だからといわれています。感情をそのまま表した古風さを持ち、鄙の女を現しています。

目頭の間が広く、目じりは下がり気味、頬の肉付きは小面などに比べ豊かではない。上まぶたの上部や頬にほんのりと明るい朱が染められていて色気をかもし出していますが、それだけに情の深い性格が表わされています。また下唇に歯列を持っているのが他の女面にはない最大の特徴といえます。

 他にも能には近江に関連する曲や場所が多くあります。
皆さんも能を身近に観賞して、能面の美しさ、幽玄さに触れていただきたいと思います。
                 
      (佐々木)




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