近江歴史回廊倶楽部

  歴史解説・紹介

   鯉遊之図(りゆうのず)
        菊池 容斎 筆

 
菊池容斎(きくち ようさい)は、幕末から明治時代初期にかけて活躍した画家であるが、江戸の画家であるため、関西では必ずしも高名ではない。

天明8年(1788)、河原武吉(専蔵)の三男として、江戸・下谷長者町で生まれた容斎は、名を武保、通称を量平といった。「容斎」の号は、厳格さあまり他人を容赦しない自分の性質を戒めるために付けたという。

               鯉遊之図

  容斎が、代表作となった『前賢故実(ぜんけんこじつ)』の著作に取り掛かかったのは、文政8年(1825)のこと。以来11年の歳月をかけ、天保7年(1836)に完成させた。

 これは10巻より成り、神武天皇の時代から、後亀山天皇に至る日本史を代表する500人を選び、肖像画の上にそれぞれ小伝を加えるか、または詩歌を掲げたもので、容斎の歴史観と尊皇愛国の精神をよく伝えている。

 そして、この内容であればと、天皇に献上する機会を得、右大臣・三条実美(さんじょうさねとみ)と左中将東久世通禧(ひがしくぜみちとみ)を通して天皇に御覧いただいた。

 この献上によって、容斎は、明治天皇から「日本画士」の称号を与えられ、以後、「賜日本画士」の印を使った。『前賢故実』は国家意識が高まり歴史画が盛んに描かれだすと、そのバイブルとしての役割を果たした。

 日本画家のみならず、洋画家や人形師、写真家、果ては講釈師まで参考にしており、その影響力の大きさがうかがえる。明治初期、動乱期の絵画界にあって、現実を生き生きと描き出すという、自らのイメージをめざし苦闘した容斎の功績は今日大いに評価される。




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