近江歴史回廊倶楽部

歴史解説・紹介

  石山寺の観音さんと金勝寺の菩薩さん

 私は、今、レイカ大学に通っている。昨年の石山寺での授業にて鷲尾住職の話を伺った。沢山の有益な話の中に、石山寺の如意輪観音さんと金勝寺の虚空蔵菩薩さんとの関係をお聞きしました。

その話によりますと、両菩薩さんは、対称的に作られており、大日如来の両脇時の形態を意図して作られたと想像できるということでした。

同様な事が奈良の東大寺の大仏と両脇侍の関係にも見られ、石山寺も金勝寺もその開基が奈良東大寺の初代官長である良弁大僧正であることからも想像出来る事と伺いました。

奈良の大仏さんは華厳経における毘蘆遮那仏(びるしゃなぶつ)、仏教の教えを身体化した発身仏(ほっしんぶつ)として万物の中心にいる存在。この毘蘆遮那仏は密教における大日如来であるといわれています。

ところが、私は何回か東大寺を参拝しておりますが、大仏さんを見上げる事はあっても両脇侍が何であったかを全く覚えていない事に気が付きました。そんなわけで、改めて、大仏さんではなくて、両脇侍を見るために奈良東大寺に参拝しました。

流石に大きいですね、ということはさておき、確かに、両脇侍はおられました。両脇侍として、大仏さんを挟んで虚空蔵菩薩さんと如意輪観音さんがおられました。
そして、右脇侍(大仏さんに向かっては左手にある)の虚空蔵菩薩さんは左手が施無畏印、右手が与願印。左脇侍の如意輪観音さんは対称的に左手が与願印で右手が施無畏印でした。

足は結跏趺坐で、その足の組み方については衣に隠れていてよく分かりませんが、衣の襞の動きが対称的になっているように思えます。このことから、両脇時は大仏さんを中心にして手と足は対称的に作られているように思えます。

このようなことを学習してから、改めて、石山寺と金勝寺の菩薩さんを見つめ直してみました。石山寺の如意輪観音さんは写真から見ますと左足を下げる半跏趺坐の坐り方をしており、一方、金勝寺の虚空蔵菩薩さんは実際にお参りをしてきましたが、右足を下げる半跏趺坐の坐り方をしていました。

 ← 金勝寺の虚空蔵菩薩

確かに足の下し方は対称的になっておりました。ただし、手の置き方は同じように見えましたが、私の見方の問題かもしれません。そして、さらに住職さんの話は両脇侍の話から、中心にある毘蘆遮那仏(びるしゃなぶつ)については、現在、南郷の近辺に大日山というのがあって、それを大仏さんになぞらえている、とのことでした。

なんともスケールの大きな話だと思いました。金勝寺の虚空蔵菩薩さんは栗東市のガイド協会の一員としてお客様を案内するたびにお参りをしてきましたがこの話をお聞きしてからは改めてその尊厳さに打たれています。

今、5月末までの期間に石山寺の如意輪観音さんが御開帳されていると聞いております。このような金勝寺の菩薩さんとの関係に思いを抱きながら、ぜひお参りを果たしたいと願っているところです。
                                                       (高宮)


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