近江歴史回廊倶楽部

歴史解説・紹介


ガリ版の発明者堀井新治郎父子

                
 かって日本では、ガリ版(謄写版)と呼ばれる印刷方法が広く利用されていました。ガリ版は蝋塗りの原紙を鑢板の上に置き、これに鉄筆で文字や図形を描いて蝋を落とし、その部分から印刷インクをにじみ出させて印刷する方法です。

 ガリ版を発明し、製品化したのは岡本村(現、蒲生町)出身の堀井新治郎父子でした。
初代新治郎元紀は安政3(1856)年に駕輿丁村(元、竜王町)の菱田家に生まれ、のちに堀井家を相続しました。

明治12(1879)年に滋賀県紅茶取締所に入り、官吏としての道を歩み始めました。さらに、滋賀県勧業員、農商務省乙部巡回教師にも任命されて、製茶や養蚕などの改良事業に従事しています。

 官吏としての生活を送る中で、元紀は文書事務処理の煩雑さを体験し、簡便な処理方法の必要性を強く認識するようになりました。
当時日本においては「コンニャク版」などの複写法が用いられていましたが、いずれも文書の大量印刷には向かず、かつ印刷には熟練を要するものもありました。

 そこで、元紀は官吏を辞し、養子の仁紀とともに実用的な簡易印刷方法の発明に専念することになりました。明治26(1893)年には渡米してシカゴ万国博覧会を視察、発明王エジソンにも出会って啓発を受けています。そして、翌27年にガリ版を発明したのです。

 ガリ版の登場は印刷技術上の一大発明であり、かつ堀井父子も実演・販売で全国を行脚するなど販路拡大に取り組みました。
この結果新聞社・通信社が率先して導入し、外国商館や大学なども使用するようになりました。中でも最も重宝したのは国や地方の行政機関でした。その後堀井父子は何度もガリ版に改良を加え、計32回の特許を取得し、内外の博覧会でも多数の賞を受けています。さらに、海外にも販路を開拓するようになりました。

 現在ではワープロやパソコンの普及により、ガリ版はほとんど使用されなくなり、ホリイ株式会社も関係用品の生産を中止しています。
しかし、独特の様式に愛着を持つ人も多く、地域や職場のミニコミ誌などで使用されているところもあります。

また、東南アジアでは今も広く利用されています。蒲生町ではガリ版文化を後世に伝えるために、平成10(1998)年に岡本の旧堀井本家の二階建て洋館を修復して「ガリ版伝承館」を設立しました。ただし、週1回の開館ですので、詳しいことは蒲生町教育委員会にお問い合わせください。


 (賛助会員  池田)



       

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