近江歴史回廊倶楽部

歴史解説・紹介

 琵琶湖を世界遺産に(その一)
       自然と人類が共生することの価値


はじめに
 平成20年の年頭、嘉田知事は「琵琶湖の世界遺産リスト登録を目指したい」と表明された。世界遺産リストには文化遺産、自然遺産、複合遺産の3種類がある。

この内、複合遺産は自然遺産の価値を100%満たし、かつ、文化遺産の価値も100%満たした資産をさす。琵琶湖は言うまでもなく我が国唯一の古代湖であり、大湖であるとともに、数多くの固有種を育んできた類い希な自然性を持っている。しかし、琵琶湖の価値を多面的に考えたとき、その文化的な価値の大きさに驚かされる。

 この小文では、琵琶湖の持つ文化的価値の一端を紹介し、この価値の素晴らしさ、魅力を読者と共有し、世界遺産への想いを共に醸成して行きたい。

琵琶湖の文化的価値
 先に触れたように、琵琶湖は優れた自然性を持っている。しかし、その価値を高めているのは、琵琶湖は常にその畔に暮らす人々との交渉の歴史に彩られていることである。

琵琶湖は、同じ古代湖であるバイカル湖やビクトリア湖のように無人の荒野にある原生自然ではなく、現在では、湖辺に滋賀県民が約130万人、下流域には約1400万人もの人間が、琵琶湖の水に頼って生きている。

近代国家「日本」の一割以上もの人間が、一つの自然に寄り添って生きている現実がある。現状の琵琶湖と人間の交渉は一方的に人間が琵琶湖を「水」資源として位置づけ、琵琶湖に対する思いやりを忘れた「搾取的」な交渉であり、その弊害は環境の悪化、景観の悪化といった深刻な事態をもたらしている。
 しかし、琵琶湖と人間との関係の歴史を繙くとき、私たちはそこに琵琶湖と人間の「共生」の歴史があることに気付く。

琵琶湖の畔に人間が暮らし始めた時代は明らかではないが、少なくとも約10000年前の縄文時代早期には、大津市粟津湖底遺跡に豊かな暮らしの痕跡が残されている。

以後、人間は琵琶湖を生産の場としてばかりでなく、様々な価値観を持って接し、その交渉痕跡が数多くの遺跡や建造物等有形文化財、様々な生活文化、景観等の文化遺産として現在に伝えられている。これらの文化遺産を個々の遺産としてだけではなく、「琵琶湖」を通して時代的を超えた重層性、水源から琵琶湖、そして流域まで広がる空間的な広がりを有機的に結合させた「文化遺産群」として捉えたとき、琵琶湖に世界遺産に求められる「普遍的価値(世界に唯一無二の個性的な価値)」を見いだすことができる。

 これらの遺産群は、琵琶湖と人間の共生の様態からいくつかの柱により構成される。この文化遺産琵琶湖の構成軸としては、
@琵琶湖と自らもたらされる恵みと周辺に形成された景観により構成される「生活文化の軸」。
A琵琶湖が東西交通の結節点に位置する流通の要所であることから生まれる「政治経済の軸」。
B梁塵秘抄に「天台薬師の池」と謡われたことに示される琵琶湖と水に関する「信仰の軸」などが考えられる。

滋賀県教育委員会では、これらの構成軸を県民に紹介する「近江湖物語」シリーズを平成19年度より始めた。(ガイドブック近江湖物語1「水の浄土琵琶湖」を刊行。販売中。1冊700円:
問い合わせ先:滋賀県埋蔵文化財センター〈〒520-2122大津市瀬田南大萱町1732-2:077-548-9681〉)

 今回、この紙面を頂いたことを期に、次号から、文化遺産「琵琶湖」の構成軸について、その概要を解説することとしたい。会員各位の世界遺産琵琶湖への想いが形になることを祈りつつ。
 
滋賀県教育委員会文化財保護課 大沼芳幸



       

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