近江歴史回廊倶楽部

歴史解説・紹介

  野田山本誓寺



国道307号線、日野町 日田の信号近くにある、野田山本誓寺と呼ばれる隠れた紅葉の名所をご紹介したい。

寺伝には開基は行基であると謂われる。一時は天台宗であった。
弘安10年(1287)信田太郎貞信が本願寺三世覚如法主(親鸞の曾孫)に弟子入り、法名「浄恵」を賜り六字名号を付与された。その後、貞治3年(1364)道珍を寺に迎え真宗に改めた。

16世紀、信長と石山本願寺の11年にもわたる石山合戦では、周辺の五ヶ寺が結束して、石山本願寺に信徒らの従軍や、軍資兵糧を送り後援する。
後年、日野牧五ヶ寺として、顕如法主やその子教如法主に信任を受ける。

また、長島一揆で信長に敗れた「願證寺」が破却された。寺主顕忍と弟栄丸は、まだ13歳と9歳の子供で門徒に助けられ、日野に避難して来た。

この寺の浄宗と弟の浄了は共に二人を助け匿い、後に顕忍を法主にして、建てたのが現在の長嶋町「願證寺」という。

家康によって東本願寺が建立された事によって、野田山本誓寺は兄の子浄秀が相続し東本願寺派に、弟の浄了は西野に本誓寺を建て西本願寺派となる。日野の本誓寺2ケ寺は、元は兄弟寺である。

寺門を潜ると1本の大きな松の木に圧倒される。まるで鶴が羽を広げて飛び立つ様のようで「青鶴松」という。鐘楼の前には、大銀杏の木があり黄葉の吹雪く頃は辺り一面に小金色の絨毯を強いたような美しさ。境内は 2,200 uである。

その中央に本堂があり、宝暦8年(1758)の改築で、向かって左に行くと、素晴らしい紅葉に出会える。いつも手入れがされていて、散策の人、俳句や歌を作る人も訪れる落着いた場所で、夕暮れになると野地蔵さまに夕陽が落ちるのが、カメラアイのようで、ずっと待ち続けている人を見かける。

(木瀬)




       

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