近江歴史回廊倶楽部

歴史散策・随想


戦乱に耐えてきた湖北の仏たち



私の町高月町は、別名「観音の里」といわれるように、国宝、重文、県文化財など数多くの観音さんを始めとする仏像が残されています。
ここ、湖北地方は仏像文化財の宝庫であり、白鳳時代にはすでに寺院があったことが遺跡から確認されています。

中でも渡岸寺の十一面観音は、国宝六体の内最高の傑作といわれ、信仰の対象としてもさることながら、官能的で濃艶な容姿は拝顔する全ての人が魅入られさせられる。
しかも、奈良や京都から遠く離れた地方の寒村に伝わっていることは、十一面観音信仰が庶民の中に深く根をおろし、鎮護国家とか仏法守護とは関係なく素朴で切実な庶民の信仰、いうなれば「わしらの仏さん」として護り継がれてきたのでしょう。

この湖北の地は、姉川・小谷城・賤ヶ岳の戦いに、幾度もこの地が戦乱の影響をもろに受け、住家は悉く焼き払われ、その度に民百姓は命からがら山中へ避難し戦火の収まるのをじっと耐えていたという。

仏像を始め主要な文化財も例外でなく戦火を浴び、その都度村人の手で土中や、池・川に難を逃れたという。その代表的な仏像等をいくつか紹介してみたい。

冷水寺胎内仏】(写真1)高月町宇根
寺伝によれば、神亀年間僧行基が観音菩薩座像を安置したと伝えられ、一木造り・103.9cmの像であった。
天正11年賤ヶ岳の合戦の際、柴田勝家によって村共々焼かれたお堂は悉く焼失したが、火に包まれた本尊を村人達が身を挺して運び出したが、像は原形を止めぬ程黒焦げになっていて修理の施し様もなく、廃棄することには忍びないと小堂を建て、安置し以来秘仏として護ってきたが、元禄12年扉が自然に開き損傷した尊容が明らかになった。

村人はあまりの痛ましさに鞘仏十一面観音を造り損傷像を覆っていたが、平成8年堂の改修に際し鞘仏を取り除き、約300年ぶりに台座内の様子がはっきりとした。
これをきっかけとして一般公開の是非について字内で論議され、「痛々しいお姿だから鞘仏まで造り守ってきたものを公開することは忍びない」とする長老の意見と、「戦禍の生々しい資料と、鞘仏を被せてまで護ってきた住民の信仰の深さを理解してもらう絶好の機会」とする若者達とが実に一年近く論議し、民衆がいかに戦乱の犠牲になったかの歴史をしっかりと理解し、次代に継承すべきだとして、一日だけの限定で平成9年4月に公開された。

赤後寺聖観音菩薩・千手観音菩薩】 (写真2)高月町唐川・重文
檜一木造りで像高173.6cm平安時代の作であるが、この観音様は"厄を転じて利を施す(転利)" として「コロリ観音」といわれ、ころりと往生できる御利益があるとされ7月には千日会があり、全国からの老若男女で賑わう。

この千手観音は、もともと頭上には十一面を配し42の腕をもった典型的な形姿であったが、戦禍を避けるため近くの赤川に沈めて難を逃れたという。
このため頂上仏は全部欠落し、腕も11臂を残すのみで、手首も全て残っていない。これだけの欠落のある仏であるが昭和44年に国の重要文化財として指定された事は極めて異例である。
私見であるが、身に受けた苦痛と引き換えに緒人の業苦を救い、安楽往生させるとされるところに、この仏像の魅力があるのではなかろうか。

渡岸寺十一面観音菩薩】   (写真3)高月町渡岸寺・国宝
冒頭若干ふれたが、シルクロードの探求作家井上靖をして「東洋のビーナス」と言わしめた氏の一文を紹介しよう。『像高194cm、堂々たる一木造りの観音様である。どうしてこのような場所にこのような立派な観音像があるのかと、初めてこの像の前に立った者は誰も同じ感慨を持つであろう。胸から腰へかけて豊かな肉付けも美しいし、ごく僅かに捻っている腰部の安定した量感も見事である。顔容もまたいい。体躯からは官能的な響きさえ感じられるが、顔容は打って変わって森厳な美しさで静まりかえっている。---』

元亀元年浅井・織田の戦乱によって悉く集落は焼きつくされたが、村人達が水を被り身を賭して猛火から辛うじて仏像を搬出し、土中に埋めたといわれ、今も埋伏の塚が残っている。
 本題に逸脱するが、もし諸兄がこの像を拝観される機会があれば、最後面の頂上仏「暴悪大笑面」(写真4)を是非心して観ていただきたい事を直木賞作家杉本苑子著「月宮の人」の一節を拝借して稿を終わります。

 『---中でも取り分け怖いのは、頭のま後に彫られた一面でな、笑っておるけれども、その笑い顔の不気味さは忿怒相の比でない。冷酷、残忍一。鳥肌立つ笑顔でなぁ、名さえ暴悪大笑面と言う。「過ちを繰り返しながらそれに気付かず、不幸の種を今も蒔き続ける人間共のおろかさを、嘲笑しておられるのよ」』


( 会員 高橋)




  

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