近江歴史回廊倶楽部

歴史散策・随想

東海道を歩く(甲西)

東海道五十三次の50番目の水口宿と51番目石部宿の中間に位置する甲西町には、かって夏見に間宿(立場)があり心太(ところてん)を売っていたり、銘酒「桜川」を醸造していたと言われているが、今では往時の街道の面影を止めているところはありません。
 江戸時代の『近江名所図絵』には、根本からいくつにも分かれた幹が伸び葉先が平らになった傘型の珍しい松で四形式に分類されている天然記念物平松のウツクシマツ自生地、弘法大師がここを通りかかった時に、眺めがよかったこの場所で昼食をとり、その時に使った杉箸を堤にさしたものが成長して大杉になったという民話が残っている弘法杉、水口町泉にある常夜燈と対になる「横田の渡し」の常夜燈が描かれています。 また、上葦穂神社には「従是東本多伊豫守領」・「従是西本多伊豫守領」、八嶋寺地地蔵堂前には「従是西淀領」、吉見神社には「従是東淀領」・「従是西淀領」の領地を示す石柱が残っています。
 明治期には、天井川の氾濫から住民を守るために外国人技師の設計によって県費で、大砂川隧道→由良谷川隧道→家棟川隧道(昭和54年取り壊し)の順にアーチ型のトンネルが造られた。なお、最近の社団法人土木学会の調査によって、大砂川隧道はAランクに、由良谷川隧道はBランクに位置付けられています。
街道沿いには、今でも三方に「南無妙法蓮華経」の題目と、もう一面に「従是阿星山西寺江十八丁 近江巡礼一番札所」と刻された題目碑で道標も兼ねている石碑をはじめ、多くの道標が残されています。

                                (甲西町  氏丸)



  

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