近江歴史回廊倶楽部

歴史散策・随想


  豊穣の秋に思う

私の家は先祖代々稲作農家で現在も僅かながら"太陽と水の贈り物"近江米を育てております。本県は温和な気候と肥沃な耕地に恵まれ最も適した穀倉地帯として、古より近江の人々の「米」に寄せる愛着と情熱は、一方ならぬ深さを感じます。

昭和年代の末期、甲賀郡石部町のある旧家の蔵の中から、「天保元年の飢饉のため白米をおかれしものなり」と書かれた1升5合程が発見された。

150年ほど前の事で、当時は厳しい徴税の上、天明・天保の大飢饉などの天災が続いており、おそらくその時に保存された一部ではなかろうかと推測され、今も家宝として保存されていると聞く。当時の先人の苦労が偲ばれる。

その他県下には、高月町の竜神伝説、俊蔵祭(夜叉ヶ池での雨乞いで命を捧げたという前田俊蔵)の伝承法要や、「近江の青の洞門」と言われている西野水道の偉業など、一命を捧げて農地を守った美談を忘れてはならないと思う。

       
                      近江八幡の刈入れ風景

米の一生の呼び名は豊かで植物として育てる時は「早苗」「稲」といい、収穫・調整を終えると「籾」「玄米」「白米・精米」と称し、炊き終えると「ご飯」「めし」という。

めしは貴人が召し上った時代の「召し上がり物」から来たと伝えられている。
古来、祭礼神事においても「稲穂」「お洗米」「餅」「ご供米」を献納する伝承が、多く残っている。

また稲作農家は、毎年収穫時に氏神に「初穂米」をお供えして、豊作を感謝する習わしが続いている。
今年も収穫の秋を迎え「米は命の糧」を決して忘れずに、「農」を守って行きたいと願っております。
                                                (村井)





  

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