近江歴史回廊倶楽部

歴史散策・随想


 
  びわこ・湖上シンポジューム
  「世界遺産・びわこを夢見る会」に参加して


5月30日(土)曇りながら、胸躍らせてビアンカに乗り込んだ。定員80名を50名追加して実施された「世界遺産・びわ湖を夢見る会」湖上シンポジュウムである。

4階サルーンメイン会場の席に着くや否や浜大津港を出航、13時にマイクが入り主催の挨拶後、一部の基調講演が始まった。

写真家の今森光彦さんは、内湖が大幅に減少しヨシ原が減少したが、それでも琵琶湖には固有種がまだまだ生息している。また、世界遺産の白神山地や屋久島は人を排除したが、人と自然が共存してこそ意味がある、と20分間話された。

前成安造形大学学長で実行委員会会長の木村至宏さんは、近江の歴史の概略を述べながら、古墳は琵琶湖を向いている、かっての湖上交通の重要さ、近江富士(三上山)が何々富士として最もよく知られているのは中山道・東海道からよく見られていたから、などを語られた。

ビアンカは丁度琵琶湖大橋の下を通過しているところである。休憩ではデッキに出て顔見知りの方々と挨拶を交わしながら、周囲の山々を眺めていた。倶楽部例会で、昨年の沖島探訪や先日の多景島・竹生島探訪と、クルージングが続いているが、いつ湖上にあっても気持ちがいい。

二部に入り、県文化財保護協会の大沼芳幸さんの進行で、嘉田由紀子知事と京都大学名誉教授の金田章裕さんが加わって、シンポジュウムが始まった。

大沼さんが、最初に世界遺産登録の順序について、@国内法による文化財の法整備、A自治体の暫定リストに登録申請、B国がユニセフに申請するという手順を説明された。

次に、金田さんは近江八景にふれ、8景の内、比良暮雪・粟津晴嵐を除く6景が 人々の生活と関与している場所であることを説明された。
また、文化庁文化審議会の世界文化遺産特別委員会委員を務める金田さんは、1992年に文化遺産が追加されたが、日本の奥ゆかしさ、心、供養の文化などのもやもやとした日本の感情を英語で説明出来ないことが課題とのこと、なんとなく分かるでは世界に通じないことが現実だと言う。

続いて嘉田知事は丁度ビアンカが沖島の東側にさしかかったのを見て、沖島についての思い出を語りながら、重要文化的景観の1号は八幡の水郷、2号は海津の「はし」と石垣、来年には3号となるであろう新旭の「かばた」を熱っぽく語り、「琵琶湖は生命文化複合体である」との、以前からの自説を述べた。

また、世界遺産の登録がなったとしても、経済的支援は何もない。しかし、世界遺産への登録は次世代のための夢でなく、我々の責務である。自治体は事務的に進めている、と内情を話した。
一方、内湖を取り戻さないと魚は戻らない。費用はかかるが復活させたいとの思いを述べた。
今森さんは、自然と人が共存すると言うのは、自然と人は独自に自立して、個々には敵であるが全体として共生になるのが、本当の共存。やさしくするとかペット化するのは共存ではないと力説された。

木村会長も、琵琶湖ではかつての暮らしを追体験でき、今も足跡が各所に生きていると価値を話された。

 会場からの意見質問で、世界遺産になる意義についてこんなに素晴らしいものがここにあるとの誇りがある一方、観光や商業主義で派手な滋賀県にならないことを願うという声もあった。

最後に、大沼さんが先日も近江歴史回廊倶楽部の方々に世界遺産へのフィールド調査をお願いしました、と宿題を思いださせる発言があり、我々会員もいよいよ出番ですね。


                                                (古川)


  

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