近江歴史回廊倶楽部

歴史散策・随想


 
 矢橋と大津の常夜灯を訪ねて

矢橋から大津の常夜灯を訪ねた。そもそも常夜灯とは、街道宿場の入口あるいは中心・川の渡河地点・湖岸等に立てられた、照明を目的としたもので、建立年代、寄進者等をはじめとする文字情報が竿部・基壇部にきざまれており、その情報は当時の社会状況を復元する際の助けとなるそうである。

矢橋の常夜灯
草津から鎌倉の初期、頼朝が上洛し、馬上から鞭で指し示した森が、源氏に由緒深い八幡宮であるという鞭崎神社を左に見て、古道を琵琶湖に向かうと、浜街道の矢橋の信号に出る。
横断し、しばらくいくと辻堂に突き当たる。左に二十mほど行くと、高さ二十三m、樹齢二五〇年のイチョウがある。もと漁師をしておられた地元の方にお聞きすると、「三十年ほど前、夕方に新浜から矢橋へ船で来た時に、常夜灯には火がともってなかったので、この木を目印に来て、着いたときにはほっとした覚えがあります。」とのことであった。

常夜灯が建てられるまでは、イチョウが目印であったと、以前別の方から伺ったが、今回確認できた。

元の辻堂に戻り、琵琶湖に向かうと矢橋公園という表示があり、右向こうに矢橋港後の常夜灯がある。 表紙の写真の松はまだ健在だが、今回取材した二月の中旬には幹がめくれ、裸になっているところもあり、実に痛々しい感じであった。
弘化三年(一八四六)丙午と側面にある。常夜灯から琵琶湖よりに公園の中を歩いていくと、与謝蕪村の句碑「菜の花やみな出はらいし矢走舟」があり、その前に解説がある。碑の裏には、「ふるさと創生事業 平成三年建立」とある。更にそれを湖の方へ行くと、安藤広重の描いた「矢橋の帰帆」をカラーで刷り込んだ案内図が立っている。それに「港湾北側の石積台場上に常夜灯を立て、航行する船の便宜を図っている」とある。

矢橋は万葉集にも「淡海のややばせ矢橋のしの小竹をやは矢着がずてまことありえ得めや恋しきものを」(巻7-1350)

【歌意】(近江の矢橋の小竹で矢を作らないでいるように、ほんとうにあの人を妻にしないでいられるでしょうか。こんなに恋しくて妻にしたい)と詠まれているほど、古歌、紀行にその名はおびただしく登場する。
現在の矢橋は埋め立てが進み、昔の入り江や船着き場の面影はなく、イチョウと常夜灯が残るだけである。昔は、矢橋から乗船し、大津警察署付近の石場か島ノ関の小舟入に渡り、逢坂山を越えて京都に入るのである。

「急がば回れ」は『語源由来辞典』によるとは「宗長(室町時代の連歌師)の歌『もののふの矢橋の船は早けれど急がば回れ瀬田の長橋』から由来することわざである。

当時、京都へ向かうには、矢橋から琵琶湖を横断する海路の方が、瀬田の唐橋経由の陸路よりも近くて早いのだが比叡山から吹き下ろされる突風(比叡おろし)により危険な航路だったため、このような歌が歌われた」とある。ことわざを生むほどの場所だったのである。

次に、対岸の大津に向かった。昔は瀬田の唐橋を経たのだろうが、今は近江大橋が架かり、ずいぶん早くなった。大型のショッピングセンターができるとのことで、クレーン車もたくさん見受けられた。

石場の常夜灯
かつて大津警察署前にあったのが何度も移設され、現在はびわ湖ホールと琵琶湖文化館の間の湖岸公園の一角にある。
高さは8.4mあり、弘化二年(一八四五)鍵屋傳兵衛・船持中らの発起によって建立されたと刻まれている。近江・大阪・京都・尾張等からの寄進者名も見える。なかでも近江中郡(蒲生・神崎郡等の湖東地域の総称)からの寄進者の名前が非常に多く、近江商人の活躍のほどがうかがえる。矢橋より一年前に石場が立てられたのがわかった。

びわ湖ホールの階段を右に眺め、向こうに三上山、矢橋の帰帆島の橋をみると、確かにまっすぐ最短距離で渡れる気がする。移設を繰り返した石場の灯であるが、湖岸の本来あるべき場所に戻ったような気がするのは不思議である。

小舟入の常夜灯
湖岸道路から京阪電車島ノ関駅を左に見て滋賀県庁の方へ曲がり、次の通りを左折、税務署の前を通り過ぎ、五十mほど行き、左に入ると小舟入の常夜灯がある。これは矢橋や石場より以前の文化五年(千八百八)に、京都の伊勢講(交代で伊勢神宮参りをする費用を積み立てた組合)の1つである「恒藤講」によって建立されたものである。かつてこの地には船着き場があり、江戸時代には伊勢参詣等の旅人によって賑わっていたという。

竿部・基壇には京都と大津の商人の名前が四十名近く刻まれており、その中には女性の名もある(例「鷹羽屋さよ」)。女性の寄進行為が分かる貴重な例と考えられている。
もともとあったところに立っている小舟入の灯と琵琶湖岸に移設された石場の灯との間が埋め立てられたということである。昔のままの「小舟入」が昔の湖岸を示し、今の「石場」が「渡し」がこのような景色であったろうと実感させる所にある。そういう意味で大津の二つの常夜灯は大津の今昔を表していて面白い。(参照:「水の浄土 琵琶湖」滋賀県文化財保護課発行)

                                                (中田・猪飼)


  



  

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