近江歴史回廊倶楽部

歴史研究・報告


近江のかくれ里



白洲正子が近江の『かくれ里』を訪れて紀行文を書いていることを知ったのは、今から20年ほど前のことであった。

当時私は国語の教師をしていた。その研究会で神戸大学の先生が「みなさん近江の方やからご存じやと思うけど・・・」とみんなに1冊の本を示してくださったのが『かくれ里』(白洲正子著)であった。

恥ずかしながら、私は知らなかった。一読してみると著者の並々ならぬ教養と、美に対する鑑識眼に胸打たれた。そして、いつしかその奥深い歴史や文化を、近江の人々に知らせたいと思うようになった。

平成16年春に30年に及ぶ教員生活を終えた時、白洲正子の『かくれ里』を紹介する記事を書きたいという思いだけがあった。

「意志あるところに道あり」ではないが、「念ずれば夢叶う」で、縁あって、平成18年春号から平成23年冬号まで、「滋賀のかくれ里」−白洲正子著『かくれ里』を訪ねて−と題し、滋賀県文化振興事業団発行の『湖国と文化』に連載させてもらった。

連載を愛読してくださった方々からの「本にしたら」という声に、背中を押していただき、連載記事に加筆をして、「一生に一冊」の本であるかも知れないとの思いで私の還暦の記念にまとめることにした。

6年余り白洲正子の歩いた道をたどり、正子が紹介した近江の美を追体験していった。きっかけは『かくれ里』であったが、近江に生まれ、近江に育まれた私に、数多くの発見があった。

私が一番強く感じたのは正子が「素晴らしい」といったものを支える近江人の「心意気」であった。近江の素晴らしい財産は、そこにただ"存在"するのではなく、それを守り続けている近江の人々が"いる"のだということである。

例えば、湖北の観音さまは地域の人々の奉仕で守り続けられ、大事に次代に引き継ごうとされている。

       
               仕事を先祖から引き継いでおられる葛野常喜家

また、観音正寺では、焼失した本堂を苦労の末再建された住職のお話を伺った。葛川明王院でははるか先祖の方が縁あって守ってこられた行事を今もずうっと引き継いで司っておられる方にお目にかかれた。

       
                     修理された葛川明王院

こういった近江人の"心意気"というものを訪問地の随所で感じた。文化財を国からの指示で守っているのではなく、「おらが宝」として守り続けてきた姿には尊いものがある。
そして、近江人としてそういう方たちが多くおられることに誇りを感じ、皆さんに是非ともお伝えしたかった。

今回は『かくれ里』の章立ての順に編成し直し、紙面の都合で書けなかったところを加筆した。また、正子の別の紀行文『近江山河抄』に記載されていた内容も含め、湖南市立図書館でした講座の一部も入れた。

 この度サンライズ出版から『近江のかくれ里』と題し、刊行した。手にとってもらえれば幸いである。

                                                   (猪飼)


       
      

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