近江歴史回廊倶楽部

歴史研究・報告


浅井三姉妹 余文



 
 平成23年年の幕開けは,NHK大河ドラマ50回記念と銘うたれ戦国歴史最大のロマンが信長・長政・秀吉・家康が関わるなかで浅井三姉妹「お江」を主題に展開されていくようです。

おおよそのストーリーは歴史に関心持たれる人ならご承知のことでしょうが、講演を聴講しますと登場女性については確たる証明が難しい、男性の記録,事績を参考に推察されて辻褄を合わせたストーリーが作られていくようです。だから面白いし推理の楽しみが素人にもできるのですが、歴史を学ぶについては十分に注意すべき点と存じます。

 三姉妹のドラマは滋賀県長浜市から始まりました、近江には三姉妹の履歴が多数あろうかと思えるのですが、その一つとして私が住む近江八幡市の一隅の歴史を紹介致します。

 住まいの近所に佐々木六角の金剛寺城祉があります。中山道、朝鮮人街道、八風街道、景清道、観音道(長命寺・観音正寺)が通じています。 

戦国時代六角と京極、六角と被官同志、織田と六角との戦が絶え間なく続いた土地です。交通の要地、用水に困らず肥沃で生産性の高い土地であった思います。

この土地の北端に秀吉は安土城炎上3年後八幡山城を築きました。
安土城下町を八幡に強制移転させて甥の豊臣秀次に四十三万石の大名として封じました。若年ゆえに五大老をつけて要所を占めました。その後秀次は尾張百万石に転封されて関白職につきます。

後任は京極高次が28,000石で.三姉妹の二女「初」と入城して参ります。
秀次は秀吉の勘気を蒙り高野山にて切腹させられます。
京の三条河原で妻妾子供全員を刺殺されました.。戦国の世とはいえ実に酷いことでした。

秀次築城の八幡山城は破棄され、八幡山城主 京極高次は大津城へ60,000石と加封されました。京極氏の八幡の領地はそのままに大津領地で加増されたといわれています。

               鷹飼八幡社

秀吉は別途 「初」 に化粧料地として秀次の遺領2,045石を与えました、
「お江」は次姉の 「初」 に八番目の子供 「初」 を養女として大坂城の産屋から養育を頼み京極高次の女として後継の忠高と娶わせています。


忠高は若狭常高院 (初は出家して常高院と号した) 寺院に300石を寄付、また忠高の娘の化粧領地として嫁するとき300石与えています。
近江八幡領の残りは明治維新まで京極家の領地として続きました。

徳川秀忠は慶長10年4月16日二代将軍となり.「江」は御台所として化粧料地を鷹飼村近隣地3,089石に封ぜられました。この地は前述の「初」の化粧料地と近くでもありました、この中から氏神の鷹飼八幡社に神田として3反を寄進されています。

 この氏神様は秀次公切腹、八幡山城破棄の際に山の上に鎮座されていたものを京極高次、神主、総代が相談されて鷹飼の八幡社へ移されたと伝えられています。
山下にある日牟礼八幡宮を下のみやさん、鷹飼を上のみやさんと呼んでいます。神田はこの事の証でしょうか。

「江」没して崇源院の領地は幕府に返納されましたが、「神田」はそのまま引き継がれ、時の代官が職を時帰農された子孫が100回忌法要を勤め報恩に尽くす印しとして位牌を作り現在も奉安されていると聞きます。「神田」は昭和の土地改革まで存在しました。

幕府は改めて旧領地を九条家領と仙台伊達藩領とに分け相給地となりました。
九条家は「江」が二度目の結婚の相手秀勝(小吉)(前述に記した豊臣秀次の弟で秀吉の甥に当たる)との間に生まれた完子(さだこ)が嫁いだ先です。

「江」が秀忠と結婚するに当たり長姉茶々が引き取り養育された姫で、茶々の手配による婚礼の様子は「路地行粧擔物等驚目者也」と評された。

入輿後も大坂方から九条家の新御殿が造営された.完成された広大さと華麗さは見事なものといわれました。「江」はこの前年に大坂城に来ており娘の完子とも再開を果たし、娘の成長に安堵と茶々への感謝が深かったと思える。

 九条家の略系図によると九条幸家の子道房の項に母徳川秀忠女完子実豊臣秀勝女と書かれている。幸家20歳完子12歳、慶長13年長男忠家を出産、後の関白九条道房である。

 この九条家に「江」の化粧地遺領の500石が封ぜられた。
完子の化粧料地は1,000石でありましたが、完子の死去、幕府に返還されました。

しかし生前完子に関係の深い人が小野随心院の門跡として入山されたので幕府はこの内から300石と山科小野村320石計620石が寺領となりました。

思えば「江」は秀忠との間に3代将軍を生み、娘は九条家に嫁いで関白を生み、さらに「江」の8番目の子は天皇家に入り明正天皇(女帝)を出産、この「江」 の働きは 信長・長政・秀吉・家康が夢に見た全国制覇の形なのだろうか。

50回記念ドラマが「江」を如何様に評価演出されるのか楽しみです。
秀次から引き継がれた八幡の領主に三姉妹がかかわってから420余年の出来事が今ドラマ化して見える事に感動を覚えるものです。

会員皆さんの近くにもこのような歴史が眠っている筈です、掘り起こして光を当てて下さい。滋賀県は近江歴史文化の宝庫です皆さんの働きを期待します。
 
参考書 戦国大名 浅井氏と北近江  長浜市歴史博物館発行
      われ太閤の妻となりて 淀殿  福田千鶴 著
      蒲生郡志
      町史 鷹飼町の歩み

                                                   (小根田)


       
      

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