近江歴史回廊倶楽部

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 湖南観音の道


平安時代の初め、「日本霊異記」に美作国英多郡で鉄穴に生き埋めになった鉱夫が法華経と観音のご加護で助けられたという話がある。

古昔の人々が、どうにもならない現実の病苦や災難に対して、説話に一縷の望みを託し一心に救済を願った相手が観音菩薩である。寺の長い歴史の中にはそんな信心が奇跡を生むという例も多々あったろう。そんな話も聞きたく湖南を廻った。
          
                         飯道寺にて

数々の重文指定に貢献された宮本先生の名声のおかげで単独ではとても見られない秘仏の多くを拝見することができた。

先生によると、観音菩薩の功徳は、お釈迦様の説話集である法華経の観世音菩薩普門品に述べられているそうだ。

「苦を受けた衆生が一心にその名を唱えれば、その音声を観じて救う慈悲の菩薩である。慈とは病気・災難など苦しみを取り除くこと。悲とは安逸・福徳など楽を与えること」である。
           
                             永昌寺にて

今回拝観したところは、甲賀市檪野「いちいの観音」十一面観音坐像→甲南町池田桧尾寺千手観音立像→甲南町杉谷正福寺「世継観音」十一面観音立像→水口町三大寺飯道寺十一面観音立像→水口町宇川永昌寺「子安延命地蔵」→湖南市三雲永照院十一面観音立像→湖南市甲西正福寺十一面観音立像である。

            正福寺山門にて 

長谷寺の十一面観音は比良山琵琶湖を漂い数々のたたりをなした霊木を用いて作られたものとされる。神の宿る木を用いて仏像を彫ったのである。
拝観した重文はすべて一木造で中をくりぬいてある。


観無量寿経には観音菩薩のお姿が詠われている。
@この菩薩の顔は金色に光り輝き
A眉間の白毫から八万四千の光明が放たれている
Bその光明には数限りない化身の仏がおいでになり
C化身の菩薩がさまざまな姿をとって・・云々」とある。

お経を彫師が仏像に表現したのであろう。宝冠と化仏と白毫が詠われていて、よってこれが観音と他の菩薩との見分け方になっている。近江に多い密教と十一面観音に期待したい。

                                                     (上嶋)





      

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