近江歴史回廊倶楽部

行事の詳細


  近江古代史の謎を蒲生野に訪ねる


蒲生野は既に何度も訪れられた会員の方も多く、新鮮味が?ないと思ったが何とか新しい切り口で探訪し「目から鱗の新発見」の感動を持ってもらえるものと期待した。

蒲生野と言えば真っ先に思い浮かべるのは、額田王と大海人皇子の万葉集歌にまつわる抒情的風景であろうが、今回は蒲生野の渡来人に視点を置き、百済から帰化した鬼室集斯等、渡来系氏族、天日槍等の伝承、狭々城山君韓帒に記述、狛の長者の伝承に基づく稲作潅漑の歴史等、渡来系の氏族の側面から蒲生野の歴史を探訪する事とした。

その地の成り立ち即ちその地に育まれてきた歴史が今に繋がっている事を知るのが重要な事で郷土愛にも繋がると思っている。例えば蒲生野の地名一つとっても渡来人の伝承に関連するものがあり、須惠=陶 狛=高麗=駒等に数多く残っている。

                        鬼室神社にて
        
まず竜王図書館で上嶋事業部員の「近江古代史の謎を訪ねる」と題した解説と、竜王町教育委員会富田学芸員による、卑弥呼から下された可能性がある三角縁神獣鏡の出土した「雪野山古墳の考古学的価値について」の講演を受けた。

その後、国宝苗村神社を訪問。一説には天日槍の住んだ吾名邑(あなむら)=苗村とも言われている。西本宮と東本宮があり西本宮は広々として明るいが、東本宮は林の中に在り雰囲気が暗く対照的で、境内には古墳が点在している。

「妹背の里」は蒲生野を象徴する公園として造られ雪野山古墳の竪穴式石室のレプリカと、相聞歌で有名な額田王と大海人皇子のモニュメントがある。

木村古墳を経由して天智天皇の遷都候補地であった匵迮野(ひっさの)へ。今は長閑な田園風景であるが当時は未開の原野であったのだろう。

百済より帰化した鬼室集斯が晩年住み付き、この異国の地で亡くなったという鬼室神社。石塔寺の石塔「阿育王塔」は朝鮮半島の慶州・扶余の石塔と酷似していて渡来人の作として間違い無い。
                         石塔寺にて
          

八日市に狛の長者の伝承を訪ねる。
その一つとして箕作小学校横の筏川の丁石地蔵。これは明らかにこの川には、船便があり一丁を示す目印であったと言われている。この川は運送にも、灌漑にも利用され、市が立ち商業の発展にも寄与した。その取水源は愛知川の上流に在りこの様な土木工事は渡来系の技術でなされたと考えられている。

この様にこの蒲生野は其処此処に渡来豪族の文化が感じられる土地であった。
又この地の小脇は狭々城山君の地で近江源氏の祖である事はよくご存じの通りである。
夕刻、夕立が来そうで狛の長者の金柱宮迄行けずに終わったのは残念であった。


                                                     (金澤)

      

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