近江歴史回廊倶楽部

行事の詳細


 高島の水辺文化的景観と伝統産業探訪


平成22年5月25日実施34名参加。今、見学会の主旨は、新しい文化財保護に関する考え方として脚光を浴びている、「重要文化的景観」について理解し、歴史の中で自然と人々の生活・生業と深く共生し、私達のまわりの景観を形作っているかを探訪する事です。

滋賀県では「近江八幡の水郷」が平成18年に全国に先駆け第一番に指定され、続いて平成20年には「高島市海津西浜知内の水辺景観」が選定されました。

奇しくも見学会の実施前の平成22年5月21日に「高島市針江・霜降の水辺景観」が国の全国20番目の重要文化的景観として選定を受けました。私達は生まれたてほやほやの地区訪問となったわけです。

近江の景観の特質は古からの琵琶湖=水に対する恵みと感謝が育んできた景観であります。

まず高島の地を見学のポイントは、@古代文化の伝播ルートA交通の要衝(水路・陸路)B戦略上の要地C比叡山延暦寺の荘園(宗教的背景)などの歴史的要素の中で自然と人々の暮らしが作ってきた景観を探訪する事にありました。

高島へは堅田より左手に比良の緑の山並みを、眼下には大きく広がる琵琶湖を眺めながら北上し白鬚の湖上に浮かぶ朱塗りの鳥居を見て乙女ヶ池へいたる。

                                 乙女ケ池の橋から望む

乙女ヶ池では中国の洞庭湖を模した洞海の橋の上に立ち山裾の西近江路、勝野の浦を望み大きく息をすると歴史の中心に立っている錯覚に陥った。(写真上)

壬申の乱、飛鳥の藤原仲麻呂の乱、万葉歌碑にある万葉人の勝野の港の風待ち泊、大きな歴史の流れをこの湖は眺めてきたのであろう。

次に山の天然水を引き込んで今でも水の恵みを享受している「日吉の古式水道」を訪れた。若狭への三尾駅はとはこの辺りか、過っての西近江路は小高い山裾を廻り込んで通じていた。

高島の風土から生まれた伝統産業として扇骨、雲平筆を見学。
安曇川の吹田扇子では扇骨の製造、これは安曇川の護岸に植えられた竹を利用して扇骨に仕上げる職人技に参加者寸分もたがわぬ仕上がりに驚嘆した(感嘆の声)。

午後からは主見学地である針江霜降地区のカバタ(写真下)を中心とする水辺景観に訪れた本日の水辺景観の解説は高島市教育委員会で直接「重要文化的景観」の申請に当たられた山本様にお願い致しました。

                                  針江霜降地区のカバタ

この地域は湧水の多い湿地帯で生活環境としてはあまり良い所で無かったであろう。
この中で生業をたて暮らしていく為には様々な生活の知恵と工夫並びに環境に打ち勝つべく湧水の利用・排水等に対する長年培われたルールがあったと思う。

正傳寺では琵琶湖の薬師如来が霊亀に乗って辿り着いたとの縁起が伝わる「亀が池」があり今でも湧水がコンコン湧いていた。

薬師如来に拝観。住職の話ではつい先ごろまでお堂の床下で亀が卵をうみ子亀が「亀が池」まで這って行くのが見られたと言う。薬師如来と水の結びつきを感じる寺であった。

比良山系の伏流水で仕込まれた地酒醸造元の見学。(試飲で上機嫌)その後湖岸道路に廻り針江大川の琵琶湖での注ぎ口では内湖が栄養分の沈殿槽として琵琶湖浄化の役割をもっているとの説明を受けた。

今津では西近江路の小浜へ抜ける九里半越えの分岐点を訪れ最後の訪問地海津に向かう。海津の西浜地区についたとき空模様が怪しかったが突然時雨れてきた。重要文化的景観のこの地は其処此処に昔の面影を残している。海津は丸子舟、太湖汽船出入りする北国からの物資の集散地として栄えた。

石垣が続いている湖岸にはお城米を保管する蔵屋敷が並んでいたという。この石垣のおかげで大波の浸食からも免れ、今でもすぐ近くに琵琶湖を利用しながらの暮らしが続いている。

予期せぬ夕立の為最後は駆け足となったが雨にぬれた町並は風情があり見学会の良い思い出となった。海津の家並み(写真下)の北端から見た山を背にした石垣と町並みは絶景であった。

この様に忙しく纏まりを欠いた見学会となりましたが、重要文化的景観としての、景観保全の難しさは景観を財産として次の世代に引き継いでいかねばならない使命は理解できますが、人々の暮らしと調和を計りながら行わねばならず、この為には国指定重要文化的景観として保護しようとして保護しなければ維持継続が中々困難であろうと実感致しました。

                                                     (金沢)





      

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