近江歴史回廊倶楽部

行事の詳細


 比叡山延暦寺周辺の堂塔を訪ねて
 

 

台風13号の接近を案じながら、大津駅より参加者四十八名を乗せたバスは、小雨模様の中、定刻に、天台宗開宗1,200年祭を迎えた、霊峰延暦寺に向け出発しました。

最初、伝教大師(最澄)誕生の地と言われている生願寺を訪れ、本堂にて大角光徹住職より、767年最澄の誕生地や、生願寺の歴史についてお話があり、続いて大津市文化財保護課 中森課長より、延暦寺の歴史的推移についてお聞きし、少し比叡山についての基礎知識が得られた思いで、延暦寺に移動しました。

濃霧漂う東塔の地に着き、緑青に覆われた荘厳な国宝の根本中堂に心惹かれながら、中央入口より、前庭の篠竹の由来をお聞きし、回廊を通り外陣に入ると、お堂内は薄暗く、低い内陣には、唯うっすらと法燈が灯されている。

宗門の団体参拝者の読経で、説明が時折聞きとれ無かったが「最澄上人は、幼名を広野と言い、東大寺で僧の資格を得た後、比叡山に入り、785年草庵を結び、自刻の薬師如来本尊を安置して、788年止観院をこの地に比叡山寺を創建。980年良源座主により根本中堂を再建したが、1571年織田信長の焼き討ちの後、1942年徳川家康により再興され、山形の立石寺から分火された不滅の法燈は、1200年の輝きを今につたえていおります。また、本尊は秘仏薬師如来をおまつりしています。」とお聞きし、歴史の深さを味わいました。  

参詣を終えた私達は、宮沢賢治の歌碑に眼を移しながら、中堂前の急な石段を登りつめ、総門に当たる文殊楼をくぐる。上の階層には文殊菩薩がまつられている。
また、石段を下ると、ようやく晴れた樹林の合間に、立派に改装された延暦寺会館に到着し、お昼の休憩で、「開運弁当」の精進料理を美味しく戴きました。

午後は、巳講坂を登り朱塗りの大講堂に集合し、小林事務長より法話をお聞きする。「このお堂は、宗僧の教義研鑚の学問所で、本尊は大日如来像で、右の余間には、修行を極めた各宗派の祖師像を安置しており、本堂の周囲には宗祖・高僧の額が掲示されている。昭和31年10月鐘楼と共に焼失したが、38年山麓の坂本・讃佛堂を移築再建されました。

比叡山は、全体が延暦寺境内で、三塔十六谷あり、標高848b・この辺は750bで、面積は、1700町歩を有し、里より約5〜6度低く、論湿寒貧の山奥の僻地で、何故か冬は叡山・夏は比叡山と言われている。常に平安京の鬼門守護の役目を果たして来た北嶺の聖地でもある。当山は『一隅を照らす』が教えで、暗き隅々まで人々が思いやりの心を持って生きることを教えています。」と結ばれました。    

ここからは、片手に当日の資料を見、事業部の山岡さんの説明を聞きながら、戒壇院へ参詣し、樹林生い茂る千日回峰の行道を歩み、緑濃く涼しさを感じる伝教大師御廟の浄土院に礼拝し、山門を左に折れ、暫くすると、西塔に着き、椿堂や、親鸞上人が修行されていた修行の地を拝しながら通り過ぎると、廊下でつながれた、にない堂に着く、右が法華堂、左が常行堂で手前に「堂内にて念仏修行僧が常行中に付き、お静かに」との注意書きを眼に留め、黙礼しながら廊下をくぐり抜け、長い石段を降りると正面に立派な入母屋造りの広々とした釈迦堂に到着する。  

暫く休憩して、希望者のみで裏の小山にある弥勒石佛・相輪塔を鑑賞しました。

遠く離れた横川に移動し、慈恵大師(元三大師良源)を本尊とする元三大師堂に参詣し、最後に、鮮やかな彩色の舞台造りの横川中堂を上に眺めながら、静寂な聖地を後にし、帰路に就く頃には西空から薄日が射し込み、穏やかな気持ちで、楽しい一日を過ごしました。

 (津田)






      

無断転載を禁じます Copyright(C) 2005 Oumi Rekishi Kairou Club. All Rights Reserved.