行事の詳細
海津大崎観桜と菅浦歴史探訪
わが影を湖におとせば艫に巻く
浪よ鎮まれ旅のひと日を
冒頭からの拙詠をお許しいただきたい。
平成18年4月10日、われわれ52名を乗せた漁船(湖上タクシー)4艘は、マキノの浜から大崎寺に向って行った。
心配していた風浪であったが、海津大崎での一寸したアクシデントを除けば歌の意のとおり、湖はこの日の旅の安全を見守ってくれたようである。

海津浜の石積、そして湖岸一帯に見事に咲き誇る桜花、霞を擁いて湖中に沈みこむような影を見せる竹生島、そのいずれもが、湖上から眺めることによって、まるで新たな発見をしたかのように印象深く迫ってきたものであります。
うち寄する波は太古の光もて
竹生尾崎の岸辺を洗ふ
幾つ世も過ぎにしゆゑに浪に問
ふつづら尾崎の水底の壷
さて、菅浦に上陸した後は、地元の伊吹さんのガイドで、菅浦郷土資料館・須賀神社・東西の四足門はじめ町内の阿弥陀寺・庄屋の屋敷などなど、庭先の草花を愛であるいは爛漫の桜を天蓋に、浜風に吹かれながら思うままに逍遥することが出来たようでした。

それにしても、この菅浦というところ、背後の山々に囲まれた狭隘な土地に、古くは淳仁天皇の伝承をはじめ、中世からの歴史がぎっしり一杯つまっていることに、あらためて驚きを禁じえなかったのではないでしょうか。
四足門くぐれば吾も菅浦のすな
どり船となりてたゆたふ
司馬遼太郎が「街道をゆく」第1巻の冒頭の一節で、次のように述べています。
「近江というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩がはじまっているほど、この国が好きである。(中略)近江の国はなお、雨の日は雨のふるさとであり、粉雪の降る日は川や湖までが粉雪のふるさとであるよう、においをのこしている。」
今回の見学会にあたっての下見の時は、まだ粉雪の舞う北湖であったと記憶しております。そしてこの日、桜の季節にはさくらのふるさとに出合ったような、そんな旅を終えたような気がしてなりません。
遠き旅果てたるごとく葛篭尾の
浦に実れる蜜柑食みたり
(山岡)
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