近江歴史回廊倶楽部

例会・見学会の詳細

例会 南北朝内乱と大津
                           
   
"歌書よりも軍書に悲し吉野山"
南北朝のことを、吉野時代と習った人もいると思う。
正統の天皇は南朝だけだから、南北朝と呼ぶのは間違いだ、というのがその理由だった。皇国史観の時代のことである。

3月10日(日曜日)、大津市歴史博物館講堂で、例会は開かれた。テーマは「南北朝内乱と大津」。
まず、学芸員の中森 洋氏の案内で、同名の企画展を見る。目玉は、文和3年(1354)に足利尊氏が園城寺に奉納した大蔵経、なかでも尊氏自筆の実相般若波羅密経であろう。
少し薄目の墨を使い、あまり太い細いのない字で丁寧に書いている。尊氏その人の性格人柄も読めそうである。

昼食のあと、ある人達は弘文天皇陵、新羅善神堂までウォーキング、ほかの人達は講堂でビデオ「大津の道」を見た。
午後は、まず中森氏の講演「園城寺の尊氏願経について」があった。
それによると、この願経の奉納は平穏無事のなで行われたのではなかった。
奉納供養は12月23日に京都の等持院で行われたが、それは南朝軍が丹波方面から京都に攻め入る寸前であった。供養のあと、翌24日には後光厳天皇を奉じて近江の武佐寺(近江八幡市)まで、一旦都落ちをしたのだった。

最後は懇談。今後の活動について、会長から「地域別に6つのグループに分け、それぞれ専門的活動をして貰う。次の総会で提案したい」との発言があった。いよいよ動き出すのか、といささか興奮をおぼえた。

(橋本 記)



無断転載を禁じます Copyright(C) 2005 Oumi Rekishi Kairou Club. All Rights Reserved.