近江歴史回廊倶楽部

例会・見学会の詳細


例会 日韓文化交流シンポジウム

(渡来文化・石塔寺三重石塔のルーツを探る)

蒲生町国際親善10周年記念事業実行委員会が主催した日韓文化シンポジウムに参加し、石塔寺・鬼室神社の見学を行った。

・開催日時:平成11年10月31日(日) 午前10時30分〜午後4時
・開催場所:蒲生町あかね文化センター及び現地
・例会参加者数:33名の会員が参加した。

基調報告
国立韓国教員大学教授鄭永鎬(チョン・ヨンホ)先生、流暢な日本語で、朝鮮半島における仏教の伝播と高麗時代の百済様式の石塔について朝鮮半島の歴史的背景を含めて概説された。又、石塔寺三重石塔によく似ている現存する扶餘郡長蝦里(チョガリ)の三重石塔を含め、写真を示しながら講演があった。
九州大学教授西谷先生から、朝鮮半島の古代寺院では石塔は一般的であるのに対して、日本の古代寺院では石塔はきわめて珍しく石塔寺石塔は特異な存在であるが、百済様式のものであることは早くから知られてる。

この石塔の存在に係わる寺院の所在、誰がいつ何処に造ったのか(現在の石塔寺の場所に寺院・三重石塔があったのか)などは断定出来る段階にない。
これらを説き明かすヒントは『日本書紀』の天智天皇4年条・8年条の記述に隠されているのではないか、又、石塔寺周辺地域の蒲生堂廃寺・綺田廃寺跡などの調査が進展することで、これら疑問点が説き明かされることを期待していること、などについて講演があった。

昼食の後、倶楽部会員は、アトラクション・シンポジウム出席者と石塔寺・鬼室神社見学参加者に別れて行動した。

アトラクション
幾つかの日本民謡の後、国際古典舞踊学校の生徒4人による朝鮮の官廷舞踊を再現した日本の羽衣伝説の基になったのではないかとの感概を覚  えた非常に優雅な踊り、引き続き同学
校校長による民衆舞踏、所作から別れを表現したと感じられる踊りで、しばし時を忘れて朝鮮半島の古典舞踏を鑑賞した。

シンポジウム
パネリスト鄭永鎬(チョン・ヨンホ)先生(前出)・申光燮(シンカンソブ)先生(国立中央博物館遺物管理部長)・西谷正先生(前出)・兼康保明先生(滋賀民俗学会理事)、コーディネータ小笠原好彦先生(滋賀大学教授)、以上5名の先生方によるシンポジウムが行われた。

石塔寺三重石塔のルーツなどについて、諸先生方から傍証による見解が示された。石塔が文化財であることなどから石材そのものからの調査は困難であり、石塔造立時期は確定するだけの根拠はまだ明らかでないこと、石塔寺周辺部を含めて今後の調査に期待すること、などでシンポジウムを終了した。

石塔寺・鬼室神社の現地見学
見学希望者は、蒲生町手配の小型バス及び会員の自家用車に分乗して、石塔寺(天台宗)にある百済様式と言われる三重石塔(国指定重要文化財)、正安四(1302)年銘の宝塔・嘉元二(1304)年銘及び貞和五(1349)年銘の五輪塔(いずれも国指定重要文化財)やその周辺山中に安置された夥しい数の石仏・石塔などを見学した。

その後、希望者のみ自家用車に分乗して、日野町小野(この)集落にある渡来人鬼室(きしつ)集斯の墓との説があった(最近では偽作説が有力)鬼室神社を見学し、シンポジウム会場に戻った。

●懇談会
シンポジウム・見学会終了後、あかね文化センターに隣接する商工会館に倶楽部会
員が集合し、会長から挨拶を伺った後、約30分間歓談し解散した。




  

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